「日本人はもはや『才能が問題を解決する』とは思っていない」
のではないかと思いました。『家政婦のミタ』を観て。
と言っても、1話しか観てないので、1を聞いて10を知るじゃないけど、ニュースフィードでタイトルだけ見て満足、みたいな感じですが。
家政婦のミタさんて、何でもできるじゃないですか。料理も上手、家事もできる、頭もいい、準備万端、何でも持ってる。
そのおかげで、お家がキレイになったり、「料理おいしいなー」って言ってもらえるけど、家族の問題は解決しない。
主人公のお家がお母さんが死んじゃってて、すさんでて、ミタさんが来て、部屋片付けたり、朝ごはん作ってくれるけど、すさんだまま。
そして、第一話のクライマックスで、子どもが「お母さんの全部捨てちゃってよ」とか言って、持ち前の行動力で、ミタさんはお母さんの服やら何やら全部燃やしちゃうんだけど、さらに荒れちゃう。
結局、問題をこじらせちゃうだけ。
そして、問題がこじれすぎて、にっちもさっちも行かなくなって、やっと家族全員が、心の中のものを吐き出したりして、スッキリする。
多分、予想だけど、第二話以降もこんな話だと思うんですね(合ってる?)
ミタさんは超絶スゴい才能があるのに、家族の問題をこじらせるだけだ。
この番組が人気だということは、多くの日本人が「才能あっても、何も解決しないよなー」とどこかで思っているのではないだろうか?
飛躍しすぎですか。そうですか。
結局、問題を解決するのは、家族だし。
ミタさんをヒーローと位置づけるかどうかとなると、異論もあるでしょうが、あえてヒーローと位置づけるならば、
昔は、ヒーローといえば、ウルトラマン、仮面ライダー、ゴレンジャーなどでしたね。
ウルトラマンは、怪獣という問題が現れたら、倒して解決してくれました。
物語は、どうやって問題が起こるかということと、どういうプロセスを経てヒーローが解決してくれるのか、というのが焦点でした。
しかし、ミタさんは、「母の死」という問題に対して、行動を起こすんだけど、さらに問題を進めるだけ。
物語は、問題すでにあって、表層的なものではなく、根深い原因があって、解決できるものではなく、癒される必要がある、というものになっている。
なので、2012年にウルトラマンを制作するとなると、主人公は、平凡なお家なんだけど、夫が浮気していたり、子どもがグレていたりする家庭の人。
怪獣が街に現れて、家族は慌てる。怪獣が出てきたときに夫の浮気がバレたりする。
そこに、ウルトラマンがやって来て、怪獣と格闘するんだけど、その弾みで主人公のお家も壊しちゃう。
そこで、家族が一致団結して、家族をやり直す、みたいな話がウケるんじゃないでしょうか。
もう、ウルトラマンは、主人公の問題を加速させるだけ。
『解決』っていうか、行き着くとこまで行っちゃって、そこでどうするの?って話。
2012年は仮面ライダーも、戦隊モノもやってるので、観てないですけど、そんな話なんでしょうか?違いますか。そうですか。
現代の日本人は、もう、才能とか能力とか求めてなくて、ボロボロになったとき、ゼロになったとき、「自分、どうなっちゃうんだろう?」みたいなのを考えているんじゃないでしょうかね?
ミタさんの第一話では、お母さんの物を、全部燃やしちゃって、家族が、我慢していたものを、うわーって出しちゃったところですね。
無理やりまとめてみました。
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第1回「さっとアウトライン」法の効用 キャメル・ヤマモト 日経ビジネスONLINEhttp://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20120118/226261/?rt=nocnt
ためになるなー。
キャメルという名前がいい。
仕事にはとりあえず手をつけるといいらしい。
とりあえず紙に書く。
とりあえず課題と、何をしなければならないかなどを書く。
すると、期限までに、情報が集まってきて、課題が解決する、らしい。
自己啓発業界で言う、『潜在意識を使う』というヤツですかね。
紙に書くことで、脳のアンテナを張り、情報がそのアンテナにひっかかると。
これを拡大解釈すると、『夢を紙に書くと実現する』となるんでしょうね。
ふと思ったんですけど、紙に書いたり、言ったりしたことがアンテナになるのなら、ネガティブなことを言うのではなく、それを解決するには?ということを、書いたり言ったりするといいのかな?と思いました。
例えば、「月曜日イヤだあああ」ではなく、
「月曜日を楽しくするにはどうしたらいいんだろー」とか、
「死にたい」ではなく、
「人生を楽しむにはどうしたらいいんだろー」とか。
でも、ツイッターとかネットで、「彼女欲しい」とか「やせたい」とかみんな言ってるけど、それがかなわない人もいるわけで、それはなぜなんでしょうね。
アンテナを立てると情報は集まってくるけど、行動は必要ということでしょうか?
「彼女欲しい」と書いたり言ったりしたら、彼女ができるためのノウハウは集まってくるけど、結局はそのノウハウを使って行動をしなければならないと。
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『2022―これから10年、活躍できる人の条件』 を読んだ。
もうすぐ国際金融危機が起こるだとか、国家が破綻するだとか、預貯金が二束三文になるだとか書かれていいる。
恐ろしい。
ガクブルである。
もう引きこもっていたい。自宅警備員最強。
この本を読書会でみんなで読んだのだが、具志さんは「ワクワクする」と言っていた。
「オラ、ワクワクすっぞ!」と。
人それぞれなんだなーと思いましたね。
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- 2012-01-25
- 本
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『結婚とは嫁のパンツを洗うことである』
どこの哲学者が言ったか忘れたけれど。
というかオレが言ったのだが。
まあ、嫁のパンツを洗わない夫もいるかもしれない。
私も本当は洗いたくない。
だって、である。
女性のパンツ及びブラジャーは、男子の幻想であった。
思春期の女性の下着への幻想といったらそれはそれは。
もう、「おっぱいはいらないのでブラジャーだけ下さい」と言う人もいるかもしれないぐらいである。
あ、いるよねたまに。路上で下着脱がして奪っていく犯罪者が。
秘められた憧れなのであった。
まあ、30も過ぎると女性の下着なんぞ3回以上は見ているので、幻想もクソもないのだが。
男性と女性というのは隠し合いであって、隠すからこそ相手の興味も湧くというものである。
しかし、嫁に「あなたのパンツは洗いたくない」と言えないのである。
「なぜか」と聞かれたとして、納得の行く説明ができないのである。
上記のように「女性の下着は憧れであり、尊いものであるから」と言ったとしても、「じゃあなぜ私が洗濯を一手に担わなければならないのか」「お互いがお互いの下着を洗うことは非効率ではないか」などと反論されれば、言い返すことができない。
「まあ、いいか」となってしまう。
『人生は「まあ、いいか」の連続であり、最後には死に至る』
これも、私の言葉である。
さっき、洗濯機から終了音がしたので、洗濯を取り込まねばならない。
18:27
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『少年メリケンサック』を昨日初めて観た。
宮崎あおいかわいい。
元々かわいいと思っていたけど、演技をしているところを観たことがなかった。
少女漫画のような恋愛映画にばっか出てるイメージである。あと篤姫か。
あんなにかわいい、美人女優なのに、コメディーができたのか。これはすごい。
かわいい演技ができるからかわいいのではなく、アホな演技ができるからかわいいのです。
牛のうんことかぶつけられる。
あと、ブチキレる演技とかが違和感がない。
童顔で、細いのに、ブチキレる演技ができるというのは、なかなかよい。
好感度超アップ。
石原さとみも、何かのドラマでブチキレる演技がよかった気がする。石原さとみもいいね。
ヤクザの娘の演技をしていた女優とか、父親と入れ替わった演技をしていた女優とかテレビドラマで観たけど、「やっぱ美人女優の演技はこんなもんだよなあ」と妥協していたのだけれど、宮崎あおいの、「乱暴な人」の演技はよい。
あれですね、小劇場系の匂いがします。てか宮藤官九郎が大人計画出身だから、映画自体がそうなるのはそうなんだけど、宮崎あおいがちゃんと違和感ないのに感動した。
もっと宮藤官九郎とか堤幸彦の作品に出て欲しいですね。
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